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悲しき試練・・・


お待たせいたしました。やっと再開です。


さて、うみねこを乗せたエアカナダの747機は無事バンクーバーへと着陸いたしました。
そこからはサスカトゥーンまでの乗り継ぎとなるのですが、ここで早速のトラブルに見舞われてしまいます。
とにかくそれからの道中は、様々なトラブル続きで5万本あった髪の毛も2千本にまで抜け落ちるほどのストレスを受けてしまうのですが、(あ、気持ちの上でですよ!・・・(汗))
もうこの入り口にて強烈な洗礼を受けてしまいました。


それはこう言う事でございます・・・。
バンクーバーからサスカトゥ-ンまでの乗り継ぎ便が天候調整で遅れ、フライト予定が未定!!
という悲しい憂き目に会ってしまいます。
な、なんたるちあ・・・。
あ~あ・・・マジですかい。

とにかく、ギリギリの日程を組んで最小限の有給を使ってのこのカナダ行、今日遅れる事はあってはならぬ鬼畜の所業!

観光目的ならば致し方ないところで、のんびりバンクーバーの観光でも・・・となる訳ですが、人とのアポイントを最優先しなければならないビジネスライクな今回の旅でしたので、もう焦りまくりました。
焦りに焦った挙句に皆様お待ちかねの超ビッグミステイクをやらかしてしまいます。

とにかく航空機以外の選択肢を検討しなければならなかったのですが、それをグレイハウンド(バス)にするか鉄道にするか・・・。はたまた天候回復を待って航空機にするのか?
後から思えば間違いなく航空機を選ばなければならなかったのですが、小さな島国で育った小輩の性ゆえに、愚かにもバスを選択してしまいます。
とにかく一刻も早く動き出さねば・・・という差し迫った思いに判断を誤ってしまいました。
サスカトゥーンまでの飛行時間は概ね2時間・・・。これをバスにすると16時間から20時間掛かります。
冷静に考えると翌日のフライト時間まで待ったとしても飛行機の方が合理的なんです。

しかし、見知らぬ異国で相談する人も無く、(居るにはいたのですが役立たず!肝心な時に電話に出ない!!)
とにかく、その時は一刻も早く行動しなければ先方様に迷惑が掛かる!との一念に脳内が支配されていたようです。

で、とにかく身振り手振りと「なんちゃらかんちゃらイングリッシュ」で訊きまくってバスに乗ってしまった訳です。

乗ってしまったらもう後戻り出来ません、途中下車は自殺行為となりますのでもう身を任せるほかありません。
乗客は15人程、道中何人かに話し掛けられましたが、満足に理解できなかったので会話にもならず、退屈で退屈で退屈な旅となってしまいました。
午後9時、バンクーバー発、翌日の夕方4時サスカトゥーン着・・・。

え~、目的地までは直線距離でざっと1200キロ!!これは航空機利用の最短距離なんですが、
陸路だとどうなんだか未だに良く判りません。パンフレットには結構曲りくねったラインが引かれていましたので
恐らく、プラス300キロ以上軽~くあるのだと思います。(泣)

さて、バスは真っ暗な中を走り出し一路サスカトゥーンへ、景色も何も見えず、ひたすら不安で物悲しい旅の始まり始まりでございます。







のたうってナンボカナダ1





つづく



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大変ご無沙汰しております。

記事の更新が遅れて誠に申し訳ありません。
少しでもこのブログの更新を楽しみにして下さっている方がいらっしゃいましたらゴメンナサイ!m(__)m

私の本業が超多忙時期を迎えている折、なかなか手を付けられずにおりました。
もっと早くこのようなご挨拶をするべきでしたが、そこはどうか御許し下さいませ。

この顛末記は詳細に煮詰めて書けばいつ終わるとも無く果てしなく続くようなものにもなり、
また、単純に掻い摘んで書けば解りやすく、しかし内容の薄いものにもなってしまうのかも知れません。
どちらになるのかは、今のところまだ解りませんが、タカダカズヤ氏とのイラストの兼ね合いもあり
一筋縄では行かないような気がしております。

将来的には私の人生の一時期を切り取った備忘録として、自費出版する予定でございます。
何年後に実現する事やら解りませんが、そのくらいの気概を持って取り組んでおりますので、
どうぞ暖かく見守って下さいますよう、お願い申し上げます。




(あぁ、生きている内に書き終われるのだろうか・・・?)

お勉強の果てに・・・


私の場合、家を建てるための勉強は勿論の事、様々な建材のお勉強やそれぞれの工程で使う
工具、建設機械等のお勉強、その他モロモロモロモロと、Dr.モローも真っ青!
頭の中は、「ウルトラQ」のオープニング画面常態でした。(これが理解できる人この指と~まれ!)

あのオープニングは混沌としたドロドロが次第に1つの文字を形成して行く、と言うものですが、
私のそれはいつまでもいつまでもドロドロのまま・・・。

だから私悟りました。

こんな事をしていても何も前に進まないぞ!と・・・。

そこで、私は開き直りの術を使う事にしましたよ。  (術??)

え~、それはこういう事。

つまりお米が無いとご飯が炊けないですよね。
だから、家だって材料が無ければ何も生まれ得ないのですよ。

そう気付いた私はそこから住宅デザイン、建材・資材のお勉強に特化して猛進する事になります。
やはり短期間に全部まるっとなんて無理もムリムリなのでありました。  (当然ですよね)


さて、ここから少しテンポが上がりますよ~。
ま~ず、その作業は家そのもののデザインを確定するところから始まります。
土地の大きさから行政が指定する容積率、建蔽率に合致した住宅サイズを決め、
間取りを引きます。構造を決め、内外装材を事細かに決めていきます。

住宅メーカーは彼らの蓄積した膨大なデーターを瞬時に活用してどのようなパターンにでも
いとも簡単にこなしてしまうのですが、とにかく手引書と首っ引きで数ヶ月・・・。
何とか図面に起こせるプトロタイプが完成しました。

粗削りですが大まかな目標がひとつ出来ました。そしていよいよ実際に身体を動かす時が来ましたよ!

え~、文章で書くと、実に僅かな行数なのですが、
土地の選定からここまで、なんと既に一年近く経過していました。

このあたりから、心理的にもフィジカル的にもちょっとエンジンが掛かって来ましたよ。
次の私の行動は、またちょっと変わった事に走って行っちゃいます。(笑)・・・←今だから笑えるのですが・・・





私はその年の雪解けと共に主要な木材を調達するために一路カナダへと渡ります。
ほんの僅かな知人のつてを頼りに・・・・。


建築日記4



お勉強ラッセル

翌日から、私は本屋にある様々な建築雑誌を片っ端から立ち読みして廻りました。
難しい数字やら法律やらナンチャラカンチャラのめんどくさいヤツはすっ飛ばして、
その時の私の頭で理解しうるものは殆ど購入して行きました。

その中には実際に素人が建てたと言う建築本がいくつかあって、

「サラリーマンが自宅を建てた!」

とか

「僕が建てたアメリカン住宅」 etc・・・。

みたいなタイトルのものが多かったのですが、
しかしどれも物語としてはとっても面白いのですが、何故かどうもしっくりこないものばかりでした。
専門的な書籍は私の建築に対する予備知識が余りにもないために、理解できないのは仕方が無いのですが、
これらの素人さんの書いた本は、どれもこれも、余りにも大雑把過ぎてなんだかなぁ、みたいな・・・、
まさに帯に短し襷に長しでした。

私はこれらの素人建築本を読んでいく内にある共通点がある事に気が付きます。
それは、誠に僭越ながら・・・で言っちゃいますが、

「この人達はちゃんと家を建てていない!」

と言う事でした。
勿論完成した家はどれも個性的で素晴らしいものばかりなのですが、よくよく読んでみると、
自力で家を建てると言うより、

「自宅の一部を自分で施工した」

または

「建築のお手伝いをした」

としか読み取りようの無い内容でした。

万事が、こんな感じ・・・。

「今日から基礎屋さんが入る。これが終われば木工事だ。コンクリートの養生期間も入れて後2週間でいよいよ私の出番である!」

「ここは電気屋さんと設備やさんの作業が終わるまで私の出番はお休みである。」

「左官屋さんの都合が付かず、工期が1週間も遅れてしまった。」

「後は大工さんにドアとサッシを付けて貰って一応の目鼻がつく・・・。」


etc・・・。

と言ったような、日曜大工の親玉的体験記となっていて、
結局、基礎から100%自宅を建てた人が書いた本は皆無なのでした。

日本には多分100%自力で建てた人が居るのでしょうが、残念ながらこのような本を書いていない訳ですね。

特に、いの一番の基礎を手掛けたと言う本は一冊もありませんでした。
これにはちょっとショックで、一番最初に知りたい所が全て端折られているわけですから、
何ともはやです・・・。

後は様々な専門書を読み漁るしか手はありませんでした。

しかし読んでも直ぐに、初めて見るような専門用語がとぐろを巻いて私を苦しめるのです。





つづく

岩が動いたⅡ

翌日の夕方、仕事を終えた私は、早速その会社に押し掛けます。

その会社は建材や家具の輸入を専門にしている会社で、
私の目的としていた木材専門の会社ではなかったのですが、
とにかくどんな情報でも欲しい時でしたので、あれこれ言っている
暇はありません。突撃あるのみです。

そこはある高層マンションの一室・・・。
といっても、一階にフロントがあり、ガードマンを通してアポイントを取る
という小洒落たもので、庶民派のうみねこにはあまり縁のないようなところでした。
エレベーターで指定されたフロアに上がりドアが開くとそこにはもう担当者が
待っていてくれました。

その時担当して頂いた方はなんと私と姓が同じ!
そしてとても人当たりの良い柔らかな雰囲気の人でした。

事務所に入ると、私は早速彼に思いの丈をぶつけました。
いろいろな思いや意気込みなど余計な事も沢山捲くし立てたような
気がしますが、要は

「基礎から屋根の天辺まで全部自分で建てたいんです!!」

と言う事を彼に伝えたのです。


すると、それまで黙って私の話を聴いていた彼は、ちょっと興奮気味の私を
優しく制するようにこう言いました。


「分かりました。うみねこさん。」
「うみねこさんはどんな家が建てたいんですか?」


・・・・・え?


実は、それまで様々な友人知人に、勿論家族にもこの話をすると、まるごと
100%全否定されてきたこの私でした・・・。
当然の事のように、ここでもそれなりに否定される事を覚悟していたんです。
つまり、否定されるが故にナニクソ精神がムクムクと湧き居出す・・・と云う言わば
「逆境の方程式」によって導かれてきた私だった訳です。
それがですよ、こうもアッサリ全肯定されてしまうと、
ええ?いいんですか、やっちゃって??

みたいな・・・。
まるで拍子抜けの肩透かし感が私を包み込みました。

なんか身体がビックリしちゃったような・・・。
勿論この段階では、どんな家を建てたいかなんて、そんなビジョンはこれっぽっちもない時でしたし、まさかここでその世界に足を踏み入れる事になるとは思いも寄らない事だったのです。


実はこの会社、海外のセルフビルダー(個人で家を建てる人)との交流があり、
私のような人は向こうでは別に珍しい事ではないのだとの事でした。
そして、
「ウチで出来る事は何でもお手伝いしますよ。」
という頼もしいお返事を頂く事に・・・。

そして、彼は私に優しくこうアドバイスしてくれたのです。

「うみねこさん、まずは建てる事よりも、どんな家に住みたいかを考えてみませんか?」
「それが決まってからじゃないと何事も始まりませんよ。」

う~ん、彼のその言葉にハッとさせられました。

全くその通りで、なんのビジョンや計画もなしに、いたずらに船出してもろくな物にならないですよね。

この会社、否、この人との出会いはこの先、実にドラマチックな展開を見せる事になります。
とにかく、ただ物を売ってお金を受け取ってさようなら・・・。という売り手買い手の関係とは
一味も二味も違ったお付き合いになって行きます。

と言う訳で、次の日からうみねこの「怒涛のお勉強ラッセル」が始まる事に・・・。




◎ さて皆さん、ここまで書き下ろして想う事があります。
  この建築顛末記は、私の頭の中では私的な備忘録として位置づけておりますので、
  実際の建築が始まるまでの準備段階がもの凄く重要なファクターとなっております。
  読んでくださる側としては、実に単調で詰まらないお話が続きますが、どうかご容赦下さいね。

  
 ・・・比叡山の「千日回峰行」をご存知でしょうか?
 文字通り生死を掛けた凄まじい行であります。
 
 比較するにはとても恐れ多い事なのですが、この建築はそれに近いものはあったと思っております。
 
 ほぼ丸三年以上、一日も休まず、一滴の酒も飲まずに、あらゆる宴席冠婚葬祭を断り、ひたすら
 体力と知力を注ぎ続ける・・・。これはそうしようと思ってそうしていたのではなく、そう成らざるを
 得なかったし、またそうしないと出来ない事でもありました。
 仕事を終え、現場に入ってから深夜まで止めどなく要求される体力・・・。
 職人さんが20分で仕上げる工程に1週間も掛かる事など日常 なのです。
 工程毎に何度も何度も何度も・・・やり直して、途方もない材料の無駄が出続ける・・・。
 一定期間内に定められた検査に通らなければ公庫の資金が下りないというもの凄い制約・・・。
 何一つ、本当に何一つスムーズに物事が運んだ事はありません。
 毎日、文字通り尻に火が着いた状態でした。しかもその火の勢いは凄まじく、まるでロケットのよう!
 私の心は何度大気圏外まで飛ばされてしまった事か・・・。
 

 そして決してあってはいけない2度の転落事故・・・。
 実は、今生きている事が不思議なくらいなのです。

 だから・・・。

 これから先は随所に重くて暗いお話が出て来る事になると思いますので、予めそういうお心持ちで
 お接しくださいますようお願い申し上げます。


つづく

岩が動いた・・・?

退院してからまず1番最初に行動した事・・・。

それは、材木屋へ電話を掛けるという事でした。

右も左も分らない超ド素人が考え付く事ってその程度なんですよ。

つまりこういう事・・・。

家を建てるにはどう建てるのか?と考えるより、

何が必要なんだろう?

と考えてしまう訳です。
まるで模型の材料を買うような感覚・・・。
その時は、家を建てるには何と言っても木材が必要だろう!と素直に思ってしまう訳ですね。
だから、分厚いハローページを片っ端から捲り、上から順に電話を掛けていきましたよ。

「もしもし、お宅で個人住宅一件分の材木を売って頂けますか?」

と、殆どこのような感じで突撃開始です。
既にここから悲しき無謀ゾーンに突入・・・。

もちろん各社一様に個人への大量の材の商いなどしてくれようはずもなく、
皆様のご想像どおり実にアッサリと断られ続ける訳です。

大体先方は、最初は言葉に詰まって、

「ハァ・・・?」

となる訳です、当たり前ですよね。
でもコネクションも何もないまるで畑違いのところで、
導いてくれる先生も居ない訳ですから、こうするより方法がないのですよ・・・。

「馬鹿になれ!」

という某プロレスラーの格言がありますが、まったくそのとおりでした。

一体、どれくらい掛け続けただろう・・・。100件は優に超えていたような気がします。
でも、諦めませんでしたよ。

止めどない「門前払い砂漠」を歩いていると、やがてある業者に出会ってしまいます。

もちろんその会社にも、それまでと同じような話をぶつけたのですが、
ちょっと他とは違う反応が~・・・。

「個人で一体何をするんですか?」

と言う返事が帰ってきたのですすす!!

・・・う~ん、どうせここもダメなんだろうなと思いつつも、

「え~っと、私素人なんですが、自宅を自分で建てたいんです。」

と申し向けたところ、しばらく受話器の向こうでザワザワと話している様子・・・。
そして、

「ちょっと詳しいお話を聞かせて頂けませんか?」
「お時間のある時に弊社までお越し頂ければご相談させて頂きますが。」

と言うお返事・・・。

え~!なんて奇特な会社なんだ!捨てる神あれば拾う神ありとはまさしくこの事?

まるで砂漠でいきなり水が沸いたような感覚とでも言いましょうか。
それまでがそれまでだけに、一抹の不安が無い訳ではありませんでしたが、
取り合えず話を聞いて貰える事だけでも一歩前進ではありませんか。

千里の道も一歩から

この出会いはまさしくそのとおりの事実となり、
長く険しい道のゲートが開く事になったのです。


つづく

重い現実その2

そもそものそもそも、家はハウスメーカーが建てるもの!

普通は皆さんそう思っていますよね?

ハウスメーカーは実に合理的にそれぞれの建築工程毎の業者や職人を手配します。
面倒なお役所手続きから、上棟式の宮司の果てまで全てオートマティックにやってくれます。
まさしく餅は餅屋、家は家屋・・・。


さてここで、住宅一軒に係わる業者が、取っ掛かりの基礎から屋根葺きまで、
一体どんだけあるのか、ちょっと挙げてみましょう。


地技:土木会社・・・基礎の根掘り等

基礎:基礎屋(型枠大工)、鉄筋屋、左官屋

躯体木工事:大工(構造から一部内装まで)

設備工事:設備屋 (配管、水周り等)

電気工事:電気屋 (電気周り一切)

屋根工事:板金屋・かわら職人等

外壁工事:サイディング屋・左官屋
etc・・・。

この他にもいろいろと業者が絡みますが、大方はこんな感じです。

これ、 それぞれに皆さん専門的に特化してますので、責任の分担も明確で、
例えば大工さんが他の業者さんの仕事に触れることは一切ありません。
また、業種毎に使う工具も独特でそれぞれに多種に渡ります。
現在の建築は、その工程毎に専門業者を投入し、より効率的にクオリティーを追及した
ハイブリットな作品であるとも言えますね。

さてさて、このような事を一人でやるとなると、まずどういう問題にブチ当たるのか?
ちょっと考えるだけでゾッとしますが、考えて見ます・・・。



・いの一番は、何は無くともコレ!強靭な、もの凄く強靭な体力が必要です。(ここは特に強調しますよ!)
 体力が全てモノを言います!「頭」だけでは何も進んで行きません。

・どの工程においても圧倒的に技術不足である。というより技術が皆無。(当たり前ですが・・・。)

何も道具を持っていない・・・、というかどんな道具を使うのか?すら判っていない。(当然です。)

・道具を買ってもその使い方が判らない。(そりゃそうだ!)

膨大な種類の専門工具が必要となる。(言わずもがな!)

・ 道具は建築後他に活かせるものではなく、途方も無い無駄が出る
 ほんの一瞬だけ使う特殊工具があるが、それが絶対に必要な工程が数多くある。(そうでしょうとも!)

・建材も道具も全てが現金払いである。しかも返品が効かない・・・(トホホ!)

 etc・・・

あ~、挙げだしたらキリが無い!!
一体、どこから手を付けていいものやら・・・。

さぁ皆さん!いよいよお楽しみの「のた打ち回り」ミッションが始動しますよ!!



つづく

重い現実

そんな訳で入院中の唐突な想い付きで始まった、ド素人建築劇場ですが
この先一体どうなるものやら・・・。
千里の道も一歩からとはいうものの、
その第一歩たる足の踏み下ろす場所さえも分からない有様。

う~ん、う~ん、う~ん・・・。

扁桃腺の摘出手術も無事に終わり、しばしの療養の後退院となったうみねこですが、
日が経つにつれ、自分の下した決断の重さを強烈に実感する事になります。

素人にとって建築とは・・・。

それはもうまるでブラックボックス。
一体どれだけの知識と技術が必要なのだろう・・・・。
考えれば考えるほどそのブラックボックスは巨大に膨らんで行くのでした。

そして傍からは
まるで砂漠の中心に突然放り出された無知無能な男が、
先の見えない遥かに遥かに延びる長大な一本道を前に
ただ茫然と立ち尽くすみたいな・・・。
一体どこから何を始めたらいいんだ?止めるのなら今の内!
どうせ出来っこない・・・いや、出来る訳がない!

とそう見えていたに違いない・・・。

いやぁ迷いました、ホントに迷いました。

だって、簡単にや~めた!・・・と思えばそれまでの事なんです。
そうなれば、私は極々普通のサラリーマンであり続ける訳で、
おそらく、可もなく不可もない平々凡々な人生を全うしたであろう事は
疑いの無いところ・・・。

しかし一方では、

「でもさぁ、こんなバカな事やる奴ってそうそういないよね~。」

「こんな事やり遂げたらスゴイよね~・・・。」

というような安直な想いがグルグルと渦巻いて、
もう脳内、あの地下鉄漫才級のエンドレスなループ・・・。

私、世間から見て「バカな事」とか「スゴイ事」という、
「普通の人がやらない事をやる人」
にすこぶる価値観を見出すという”スプーキー”なタイプなのですが、
さすがにこの時は、真剣に悩んでしまいました。


そ~んなネガティブな思考にギュウギュウと責め立てられ、
結局ダラダラと眠れない夜がしばらく続くのであります。




 

               ill0.jpg
イラスト:Ⓒタカダカズヤ


つづく

第一章 不思議な始まり

第一章 

不思議な始まり

今から遡る事15年前の夏、当時サラリーマンの私は
扁桃腺の摘出手術を受けるために、市内の某総合病院に入院していました。

術前の検査期間が結構な日程であったことから、暇を持て余した私は、病院の売店にある雑誌を
片っ端から買い漁り、日がなつらつらと眺めておった訳です。

そんな中の一冊に、ある男が山に篭って山小屋を建てる!
という特集を組んだ住宅雑誌があったのですが、有り余る暇とほんの少しの好奇心が、
普段なら普通に読み飛ばしてしまうであろうはずの
「よく有りがち」な記事を実に念入りに読ませてしまったんですね~。

今思えば・・・きっとその時、私の病室には何かおかしげな「魔」が住んでいたのだと思います。
私はソイツにグサリグサリと槍で突き刺されていたに違いない・・・。
上手く説明のつかない行動や心理状態の事を「魔が刺した」と言ったりしますが、
まさしく、そういう事なんだと思います。(ホントか?)

さぁそんな訳で、ものの見事にその「魔」の思うつぼに嵌ってしまった私は、
実にアッケラカ~ンと決断してしまいます。

退院したら、家を建てよう! ってね。

なんという軽さ・・・。

当時の私の仕事は、建築なんぞとはどまるで関係の無い別次元の業界。
誰が見ても、愚かで限りなく無謀で安直な思い付きでした。
(実は、私の身内でも未だに信じていない人がいるくらいです・・・。(笑))

入院生活が暇でしょうがなかったとはいえ、何故そんな事を思ってしまったのか・・・。
後悔先に立たず、否、転んだ後の杖・・・(何だソレ?)
この後、とんでもない地獄の日々を味わう事になるとは露ほども知らず・・・。
とにかくこの時はマイホームを自力で建ててやる!という妄想に
日がなヘラヘラと浸っていた訳であります。





                  ill2.png
イラスト:Ⓒタカダカズヤ











                     

プロローグ

私の名はうみねこ。

海っぺりでミャーミャーうるさく鳴いている鳥のことではありませんよ。
家の中でニャーニャー可愛く鳴いている猫でもありません。

いや、ただの猫好きのオッサンなんですけどね・・・。

そのただのオッサンがある日ある時、自力で家を建てようと一大決心!
実に浅はかでタンポポの種子より軽い、愚かな決断から始まる地獄の日々。
サラリーマンをやりながらの、建築なんて一体出来るものなのか?
使える時間は、実質アフターファイブと休日のみ。
しかもここは北国札幌!
冬になると外の作業は何も出来なくなってしまうというのに・・・。
あぁ他人の不幸は蜜の味ですよ皆さん!
これから始まる壮大なるドタバタ顛末記にチョッピリ
お付き合い頂けましたら幸せです。

さて本題に入るその前に、
私の人となりを少し申し添えることにいたしましょう。

私は、生まれも育ちも北国は札幌育ち。
幼少の頃からとかく世の主流の意見には尽く反発・・・、
大人からの合理的で無難なアドバイスにはことさらに違和感を覚える・・・
という子供でした。

何故?と問われても明確に答えることは出来ないのですが、
簡単に言うならば「天邪鬼」とか、「ひねくれ者」と言う便利な言葉で
説明が付くのだと思います。(笑)

後甘いものが大嫌いで、子供の頃、町の洋菓子屋さんの前を
通るのさえ嫌でした。

新婚の頃はカミさんに「あなたは六臓六腑!」とよく言われたものです。

「ん~?六臓六腑って何?」と聞くと

彼女曰く、私には糖分を体内で製造する臓器が一つ余計に備わっているのだそうな・・・。(笑)

あ、これはあまり本題とは関係ありませんね・・・。(汗)

え~そんな訳で、三つ子の魂何とやらで、子どもの頃からの反主流精神は
脈々と現在まで引き継がれております。
ついでに判りやすい例をひとつ。

え~仮に、ある日ある時ある集団が大きな「池」の対岸へ渡らなければならない・・・
という事になったとしましょう。
向こう岸までは「飛び石」が綺麗に設置されており、
通常世の中の常識では、その飛び石伝いに無難に渡って行くのがセオリー。
しかし、へそ曲がりで天邪鬼な私はザンブラコと池に飛び込み、
文字通りのた打ち回りながら必死で対岸までたどり着くみたいな・・・。

そんなアホな事を進んでやってしまうというしょうもない性質(たち)なんです。

人が私のずぶ濡れの姿を見て、哀れみと蔑みの目を向けようとも、
そんなことは全然気にならない。
むしろ池の深さや底の様子と言った詳細なデータが手に入るし、
結果として泳ぎのスキルまで手に入れるという事に喜びを覚えてしまうみたいな・・・。

あぁ、まさに「ドM」の極みという奴なんですね!(苦笑)

物事の失敗を予測して、それを避けながら無難に合理的な判断を下す。
そして無難に目標への最短ルートを取る。
そうしたお利口?な人々を世の中は高く評価する訳ですが、
私はその避けてきた失敗や困難の中にこそ学ぶべきことが
沢山沢山沢山沢山・・・・・・(しつこいよっ!)あるように思ってしまうのです。

困ったもんだ・・・。




           ill1.png
イラスト:Ⓒタカダカズヤ



と言うわけで、
この建築はまさにそんな私の人生の縮図のようなものなのかも知れません。
敢えて未経験で不得意な分野に飛び込み、ゼロから何かを紡ぎ出すような、
そんな挑戦にきっと私は飢えていたのですね~。


そんなこんなで、次回第一章から物語りは始まります。


人生とは、たった一度っきりのワンダーランド!


お楽しみに~。







※更新は不定期になります。非常にのんびりとしたものになりそうですのでご容赦くださいませ。





  


プロフィール

うみねこ

Author:うみねこ
より実用的でありたい。
「実用極道」(”実用の道を極む”と読もう)
が座右の銘。
貪欲なる好奇心の赴くまま、ひたすら脳内ビジョンを道案内に突っ走る・・・。いつ何時、倒れておっ死んでも、右肩上がりの人生さ!

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